ほんとーく

2016年01月15日

ガラガラ石畳 vol.10

garakanban

 

 

 
年末にひとりの青年が小書店を訪ねてきた。
大学生だという彼は戦後自発的に復興していった栄町市場近くにある社交街について調べているという。「どうしてもわからないことがあるんです」と言う彼に、向いの店主Kさんは栄町市場の資料を探し、私は市場がスタートしたときを知っているかもしれない数少ない年長者を市場内で訪ね歩いた。
その中のひとり、Hさんは筍やごぼう、味噌やかまぼこを売っている。いつもニコニコと優しく声を掛けてくれる彼女が私は好きだ。
毎日のように会っているが、彼女の話をじっくりと聞くのははじめてだった。
「この店からさ、隣のコーヒー屋さんあるでしょ?そこまで店が7軒あったよ。店の人だけで13人ぐらい立っていた。向かいもよー。私の向かいは今の知事のお母さんの店だった。お客さんが溢れてねー。すごかったのよー」
彼女の店からコーヒー屋さんまで多分、8メートルくらい。向いの店舗のシャッターはもう長い間閉じられたまま。
彼女は私たちしか立っていない小さな道を見渡した。本当、毎日すごかったんだから。

 

Hさんのお父さんが戦時中に壕で亡くなったということはテレビのドキュメンタリーでインタビューされているのを見ていたから知っていた。その壕は跡形もなく、遺骨が見つかっていないということも。
「14歳から店に立っているよ。母が体を悪くして店に立てなくなったからねぇ。もっと小さい頃から手伝ってはいたけど、学校にも行けないから勉強もわからなくなって。それからずっと店に立っている。兄弟も下に3名いたし、母は店に出れなかったから」
「結婚したらやめてやるって思ってたよ」と彼女は笑う。でもさー、市場にいたら面白いわけ。嫌なお客さんに一度も会ったことなかったよ。みんな優しくて、いい人ばかりだった。栄町のお客さんはいい人しかいない。だから、市場に来たら楽しくて元気になるのよ。
「結婚してから風邪ひいたときに、旦那さんが休ませるって言うわけ。母にね。母も一緒に住んでいたから。そしたら、母が風邪ひいたんだったら市場に行かせなさい、すぐ治るからって。本当よ、うん、市場に来たら本当に治るよ」
そう言いながら、目の前の冷水に浸ったごぼうを仕分ける。
指には大きな金の玉と蛇の指輪が光る。小柄で可愛らしいHさんにはごつ過ぎるなぁと最初は思っていたけれど、今では商売人という彼女の誇りがその指輪に凝縮されているのだと思うようになった。大きな指輪をはめた彼女の手が冷水に浸った筍やごぼうを掴む。ずっと眺めていたい美しい手。
「この玉の指輪は嫁がつくってくれたのよ。派手じゃないかって思ったけど、お母さんはいつも地味だからって。こっちのは蛇。蛇は商売繁盛の意味があるんだよ」
そうやって恥ずかしそうに笑う彼女の顔は幼くて、少女のようだ。
14歳の少女が家族を養うと決めて市場に立った日。今と同じように恥ずかしそうに微笑む彼女が見えた気がした。

 

私は東京に8年暮らした。働いたこともあった。少しだけどソウルでも暮らした。色んな国にも行った。多くの人を見た。でも、彼女ほど気品のある人に出会ったことはなかった。
彼女を見ているとわかる。気品とは優しさだ。人生に誠実に向き合い、家族や客や市場の人たちに優しく接してきた彼女の顔。少女の面影が残る可愛らしい人なのに、なぜか手を合わせて拝みたくなるような。菩薩のようだと言ったら彼女に笑われるだろうか。

 

市場に座っていると心が震える瞬間がある。
この市場に座ったからこそ体験できたこと。
これが、私が市場に座っている意味だと新年早々思った(いや、座っているだけじゃなくて少しは小書店の売り上げ伸ばそうよ、と店長の声が聞こえてきそうです、、、)。
 

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宮里綾羽
沖縄県那覇市生まれ。
2014年4月から宮里小書店の副店長となり、栄町市場に座る。
市場でたくましく生きる人たちにもまれながら、日々市場の住人として成長中。
ちなみに、宮里小書店の店員は店長と副店長。

メルマガ『宮里小書店便り』

 

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