ほんとーく

2015年10月02日

ガラガラ石畳 vol.8

garakanban
 

「栄町市場のタイガー」

 

 

 栄町市場にはすごい人がいーっぱいいます。

 

 先生は空手のすごい人。
先生が空手の先生だと、最近まで知らなかった私。
70代であろう先生は、いつも大きな体を小さなスクーターに乗せて走っている。市場のカウンターから見える道をスクーターで走る先生に手を振るのは、いつの間にか私の日課になっていた。
先生は、空手の中に隠れている「手(てぃ)」を弟子たちに教えている。「てぃ」とは技であり、知恵であり、科学であり、哲学だそうだ。
先生を慕い、世界中から弟子が来る。最近はフロムアルゼンチン&カナダ。

 

空手を見に来なさい、と誘われて訪ねた道場。
道場の窓から見える景色が素晴らしくて思わず唸ります。うぅ。
小高い丘に見える大きな病院。実際は平地で病院が大き過ぎるだけらしいのだが。病院まで綺麗に並ぶ背の高いヤシの木々。その下を川が流れている。水面に動きはなく、影絵のようにくっきりと風景が映し出される。
夜の手前。薄い青が全てを包み込む。気持ちのいい時間帯だ。

 

道場に入っても湿気がピタリと肌にくっついている。少しの鬱陶しさはあるが、部屋中を風が巡って気持ちがいい。
先生の空手は気配を消す。だから、練習中に声を出さないのだそうだ。
体の動きで道着が摩擦される音と帯の揺れる音が鋭く響く。
素人の私にも一瞬一瞬が音になっているのがわかった。
それとは反対に、外の公園からは呑気で陽気なパーランクーの音が纏まりなくパラパラーとこぼれていく。

 

 気配を消すために電気も付けない。外から差し込む薄い明かりの中で黙々と「てぃ」の修行は続く。先生が立ち上がると、中年というか初老の生徒が急に緊張するのがこちらにも伝わる。指導を受けるたびに、アルゼンチン人とカナダ人の生徒が小さな声で「ありがとうございます!」と頭を下げる。
空手の師弟関係がどのようなものかわからない私にも、弟子は絶対服従であることがわかる。しかも、世界共通のようだ。
 
 

「てぃ」の動きを夢中で見ていると、やがて影が広がり音が濃くなる。
先生の焚いた蚊取り線香の匂いが道場に漂っては窓の外に流れていく。
どこか遠い国に来た錯覚に陥った。
マレーシアやインドネシアのようなジャングルを持つ国。
大きくかたまった緑がゆさゆさと揺れ、獣が蠢いているような。獣はきっと虎だ。
研ぎ澄まされた視線はどこからかこちらを見ている。虎の姿を見つけるために、もっと耳を澄まさなければいけない。
虎は近くにいる。

 

「ワハハハ!!ありがとう!赤ワインは好きだ。白ワインも好きだ!︎」
心地よい緊張感の中、先生の一言が緊張感に包まれた闇を湿らせた。
先生は闇の中でワインを持って笑っている。遅れてきた生徒が土産に持ってきたらしい。
虎はここにいたのか。
強い者は隠れない。
ただ、気配を消しているのだ。

 

 その日から先生を栄町のタイガーと密かに呼んでいるのは、ここだけの話。

 

 

 

 

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宮里綾羽
沖縄県那覇市生まれ。
2014年4月から宮里小書店の副店長となり、栄町市場に座る。
市場でたくましく生きる人たちにもまれながら、日々市場の住人として成長中。
ちなみに、宮里小書店の店員は店長と副店長。

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