2014年04月23日

BUCK NUMBERS〈その1〉

 

小社ホームページではこれまでに、

本にまつわったり、まつわらなかったり、

いろいろな企画ものや連載記事を掲載してきました。

 

しかし数度にわたるリニューアルで読めなくなった過去ログも多数。

 

そんな過去ログの中から

「もう一回載せてみたらなんかちょっとおもしろそうじゃない」

という記事をピックアップして再掲したいと思います。

 

ということで、不定期連載「バックナンバーズ」。

突然ですが、はじめます。

 

 

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■第一回 「今週のこの一冊」から(2003〜2004年頃)

スタッフが持ち回りで自社本をレビューする週刊連載。

あまり知られていない本をPRしたいという熱い思い

(と、売り上げに結びつけたい心)から始めた企画です。

当番が回ってきて初めて自社本を読んだという輩ばかりでした。いかんです。

長いですが、お読みください。

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『日本とドイツの子ども俳句集』(担当:新城和博)

 

もっとも困難なことに立ち向かうとき、人は時として思いがけない行動をとる場合がある。

それを人は「魔がさす」と呼ぶ。

でもあの季節を人々はこう名付けた。

「魔がさしこむ」と。いてててて。

 

 

2000年、沖縄県は浮き足だっていた。

サミット、である。

サッ、サッ、サッサミットと、婦人会がスクラッチっぽく歓迎のカチャーシーを

一年も前から準備するほどに、浮き足差し足だっていた。

 

「ぜんざい食べたい」

じゃなくて「千載一遇」と……全然似ていない、ダジャレにもなっていないけれど、

これが芸風なので、しかたがない……

 

人々は何回目かのおなじみの下心で、サミット関連商品やイベントを考え出していた。

 

サミットそばや黒糖サミッ糖、サミット・トイレットペーパーなど、

沖縄人の知恵の神髄を集めた関連グッズが、

夜空を流れる流星のごとく登場した。シャララーン。

 

□ □ □ □

 

「時はまだ満ちていない」

とワンダー編集長エスは、海溝三千メートル級の山のごとく動じなかった。

 

「サミットごときで、便乗本など出したところで、なんになる」

 

復帰二十周年も、二十五周年も、何もしなかった。

いや、手も足も出せなかった。口しか。

 

沖縄のことわざにこういうのアルヨ。

「酒しか造れない」のではないのだ。酒さえも造れないのだ。

軽い徒労感が彼を襲っていた。

 

 

□ □ □ □

 

その時、

宮古島が動いた。

 

いち早く、ドイツ首相の歓迎モードに入っていた宮古。

だってドイツ村があるんだもん。

その昔から交流しているだもん。

久松五勇士は、サバニにひとつで、海を渡り、ドイツまで人を助けにいったのだ。

 

ちょっと違うが、ドイツと宮古は縁(えにし)があるのだ。

 

 

宮古とドイツの関係を世界にアピールする、

「ぜんざいおかわり」、

じゃなくて「千載一遇」のチャンス、だった。

 

俳句、しかない。

誰もがそう思った。

 

 

実は、俳句というものが、ドイツの子どもたちに大流行していることを、

誰も知らなかった。多分、宮古の人も知らなかった。

 

それで一言では説明できないのだが、

「日本子ども俳句サミット IN 宮古島大会」が

本当に開かれることになったのである。

 

日本国全体の子どもたちから、そしてドイツの子たちから、俳句を募らなければ。

時代の歯車が動いた。

そしてすぐに止まった。

 

 

□ □ □ □

 

ボーダーインクの宮城が、その時、動いた。

「日本とドイツの子ども俳句集」を、

大会までに○○○○部作らねばならない。

 

○○○○部、と伏せたのは怖いからである。

 

 

宮城さん、やってくださらんか。

かつて人頭税の苦難の歴史を知っている宮城には、涙をにじませながら、

はるばる宮古島からサバニを漕いで、ボーダーインクに出版を頼む宮古の関係者の姿に、

何もいうことが出来なかった。

 

何かといえば、サバニを漕ぐのが、宮古流であった。

 

 

期間は迫っている。受けるべきかどうか。

さらに「俳句」である。子どもの。

 

そんなものが果たして売れるのか。

 

しかし応募総数、日本で一万七〇〇余句、ドイツで七四八句、集まった、という。

 

一人、一冊ずつ買うならば……。

ボーダーインク社員の指は震えた。

 

子どもたちのためにも、作らなければならない。

そうサミット、じゃなくて、子どもたちに、

ドイツ語で言えばキンダーのために。

 

こうしてボーダーインク、唯一のサミット・プロジェクトが、動き出した。

 

 

そして止まった。

 

 

□ □ □ □

 

 

こどもたちの膨大な量の俳句を読んで、次々と受賞作を決めていく。

この作業を成し遂げた俳句審査員の方々には敬意を表さなければならない。

 

後に、帯の文句として引用された審査委員の方々の一言に、

苦労の跡が偲ばれる。

 

特にこの本の編集担当になった平良美十利(ミトミト)の苦渋の決断である。

 

 

「今度のように、たくさんの子どもの俳句をみたのは初めてです」(松崎鉄之助)

 

ほんと、そのとおり。読者の誰もがそう思うっちゃ。

 

 

「とっても、子どもは上手な俳句を作るんです」(稲畑汀子)

 

そりゃほんとよかった、よかった。

 

 

他にもいろいろ審査員の講評は続いていた。

 

編集担当平良の苦悩は続いた。

 

「どうするべきかよ、まず」

 

 

□ □ □ □

 

こうして、時代の波にさらされながらも、

「日本とドイツの子ども俳句集」は、奇跡的にも宮古島大会に間に合って

刊行することができた。

 

 

 

サミット直前、沖縄の熱狂は世界にアピールする中、俳句大会は、

トライアスロンの島・宮古で開催された。

 

実行委員会は当然のように、大会記念のオリジナルCDを作っていた。

 

「俳句クイチャー」

 

である。

 

受賞した子どもたちの俳句作品を歌詞にして、クイチャーを踊るのである。

 

 

さすが、宮古。その暑い、いや熱い燃えたぎる情熱は抑えることはできやしない、

あーできやしないのである。

 

 

後に聞かせてもらったが、

事務所の時が止まるほどの衝撃を受けた、といいたい。

筆舌に尽くしがたい、とはこのことである。

 

ちなみに最初はこうである。

 

 

「あれ あれれ 土がもっこり たけのこだあ

ヤイヤヌ ヨイマーヌー ヒヤサッサー

たけのこだぁ  ニノヨイササッサイ」

(俳句作品  石川りえ子  愛知県小1)

 

この感じで、延々と続き、しかも「本大会用」と「プレ大会用」の二曲と

それぞれのカラオケがついている、非常にお得なCDである。

 

ボーダーインクに遊びに来た方には喜んで、お聞かせしよう。

 

□ □ □ □

 

そして、

宮古島で大会が始まり、終わった。

後には、壁が残った。

 

ドイツのベルリンの壁はなくなったが、

今度はボーダーインクに「日本とドイツの子ども俳句集」という壁が、

一夜にして出来たのである。

 

 

応募してきた人が、かならず本を買う、はずはないことは知っていたが、

そんなに無視することないんじゃないと、ボーダーインクの社員の一人は唇を噛んだ。

 

「はいく買ってよー」……。

 

 

□ □ □ □

 

 

あれから、三年の月日が流れた。

サミットは終わり、クリントン広場は作られず、

シュナイダー・ドイツ首相は宮古島で大歓迎された。

歴史は確かに動いた。

 

 

しかし、沖縄の基地問題は進展しているかのように見えて、なにひとつ動いていない。

あと十五年は何もないだろう。

 

そしてびくとも動かないものはもう一つあった。

 

「日本とドイツの子ども俳句集」の壁である。

 

□ □ □ □

 

ある夜、独り、ボーダーインクの倉庫にたたずんで、ボーダーインクの新城は、

歴史の流れに翻弄され、歴史の歯車に挟まったままの、

一冊の本がたくさんあることへの、無念さを思った。

 

よく読むと、面白い俳句もあるはずだ、と新城は思った。

そして見つけた。

 

ドイツの子どもたちの俳句は、何かが違う。

 

もちろんドイツ語で書かれたものであり、とても短い詩というかなんというか、

それを日本語訳したものがずらりと並んでいた。

 

ちなみに、沖縄県知事賞をとった作品はこれである。

 

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  雪だるま ぽたぽたと

  水が血のようにたれる

  もう長くは生きられない

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く、暗い。13歳のダニエル・リヒェルくん、何があったのですか。

 

 

さらに沖縄県教育長受賞作となると、

 

 

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  ばけつ一杯の水が

  庭で僕を持っている

  水をひっかけるぞ

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教育長の胸中を推し量るべし、7歳・ニコラス・ダニエル・エンダース君。

 

 

現代俳句協会賞には、

 

 

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  今日もまた

  何もいないのに餌をまいている

  湖畔の老人

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フロリアン・ル・ブラール君18歳の作品が選ばれた。

 

 

ドイツの子供たちは、宮古で生きていけるだろうか。生きていく必要はないのだが。

 

□ □ □ □

 

しかし、新城は、この俳句に己の姿を見た気がした。

ボーダーインクの歴史の闇に葬り去られようとしているこの一冊に、

新たなる検証の光りを与えてみたい、と新城は考えた。

 

宮城芳子はさらに強く願った。

「一冊でもいい。まずは売れるところがみたい」と。

 

 

その祈りにも似た叫びにも似た、まあいろいろ似ているつぶやきに、心打たれて、

「今週の一冊」に、このンパッ・フィックションを書いた新城であった。

 

この地上に叶えられない願いがあるかもしれない。

それでも希望という名の注文の星に願いを掛けるのであった。

 

チャラララララー ラララー チャララララ ララララー  オシマイ

 

 

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よしこさんの願いをかなえてくれる方をお待ちしています。

『日本とドイツの子ども俳句集』はこんな本。

壁はまだ残ってます!

 

 

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